裁判官とは。
地裁と高裁で正反対の判決が出た、というニュースを見て、ふと思ったんです。
どんな裁判官に当たるかで、判決が大きく左右されることってあるのかな〜? って。
これがまあ、刑事事件ならば、犯罪に対する量刑ということで、大きな差異は出ないような気がするんですけど、これが、民事裁判になると?
その裁判官の「思想・信条」で、ガラリと変わっちゃうんじゃないかな〜って。
で。
今日、興味深い判決がありまして。
それがこれ↓
熊本朝鮮会館の税減免取り消し=「北朝鮮と一体、公益性なし」−福岡高裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060202-00000061-jij-soci
判決の内容に関しては、とりあえず置いておくといて、冒頭で書いたとおり、地裁とは180度反対の判決を高裁が出した、という点が、妙に引っかかったんです。
しかも、今回の事案は、今の日本における、とてもデリケートな問題のひとつじゃないですか?
それをここまで一刀両断してみせた、この『中山弘幸』さんという裁判長、今まで、どんな事件を扱ってきた人なのかな〜。。。と思ったら。
なんていうか、地裁判決をひっくり返すのが趣味みたいな人だったということが判明(^^;)
しかも、どちらかというと右よりな判決を出す傾向が強いみたい。
一例を挙げると、
・長崎県の諫早湾干拓事業をめぐる、地元漁民の工事差し止め申請
地裁判決『工事差し止めを認める』
→中山弘幸裁判長『工事差し止め命令を取り消す』
・福岡県教育委員会の、民間同和団体へ出向した職員への給与の支払いに関する、住民による知事への損害賠償請求。
地裁判決『知事に1億8700万円の支払いを命じる判決』
→中山弘幸裁判長『知事には過失は無かったとして、支払い命令を破棄』
諫早の問題以外は、個々の裁判について調べた事は無いので、判決に関する賛否は控えますが、なんとなく、傾向は見えてきますよね。
で。
まろんは、平和な人生を過ごして生きたいな〜、と考えている人なんですが、もしも万が一、裁判にかかわらなくてはいけなくなってしまったとき、どんな裁判長に当たるかってのは、重要な事なのかもしれないな〜、と。
それと、これから始まる「裁判員制度」にも不安。
ごく普通の民間人が、冷静に証拠を見極めて判断をすることが出来るのかな? って。
その人の「思想・信条」が、判決に及ぼす影響は、裁判官のそれよりも、ずっと大きいんじゃないかなぁ、と。
公平中立が何よりも求められるべき裁判が、それこそ「魔女狩り」のような場所になってしまうような危険性を感じるんですよねぇ・・・。